「最期は、家に帰してあげたかった」
お葬式を終えたあとに、そう話されるご家族と、私たちは何度もお会いしてきました。
病院や施設で亡くなったあと、多くの方は、ご遺体をまっすぐ斎場へ運ばれます。住み慣れた家に立ち寄ることのないまま、慌ただしくお別れの日を迎えてしまいます。
けれど本当は、「一度、家に帰る」という選択肢があります。
この記事では、故人をご自宅へお連れすることの意味を、お伝えします。
病院・施設から、まっすぐ斎場へ
ご家族が亡くなると、葬儀社が手配され、ご遺体は安置施設や斎場へ搬送されます。
気が動転しているなかで段取りだけが進み、「家に帰る」という発想が浮かばないまま、お別れの日が来てしまう。これは、決して珍しいことではありません。
あとになって「せめて一度、家を見せてあげたかった」と感じる。その小さな心残りは、思っているよりも多くのご家族が抱えています。
故人を、一度ご自宅にお連れするという選択
自宅で葬儀まで行う「自宅葬」でなくても、ご自宅にお連れして過ごすことは、できます。
数時間でも、一晩でも、住み慣れた部屋で過ごしてから斎場へ向かう。そういう送り方も選べます。
ご遺体の搬送も、安置も、保全(ドライアイスなど)も、すべて私たちが整えます。ご家族が「やらなければならない」ことはありません。
「うちは自宅葬まではできないかもしれない」という方も、まず「一度、家に帰る」ことだけは、選択肢に入れてみてください。
「ただいま」と「おかえり」が言える場所
家は、何十年ものあいだ「ただいま」「おかえり」を交わしてきた場所です。
玄関をくぐるたび、誰かが「おかえり」と迎え、誰かが「ただいま」と帰ってくる。その繰り返しが、家という場所をつくってきました。
故人を家にお連れするとき、ご家族が玄関先で「おかえりなさい」と迎える。その一言は、病室でも斎場でも、口にすることのできない言葉です。
最期にもう一度、その人を「おかえり」と迎えられる。もう一度、その人が「ただいま」と帰ってこられる。
たったひとことのやりとりですが、それが言える場所で過ごせたかどうかは、お別れの感触を、静かに、けれど確かに変えていきます。
家に帰ることで、生まれる時間
住み慣れた部屋、いつもの布団、見慣れた庭。その中で過ごす時間は、斎場の限られた時間とは、流れ方そのものが違います。
家族がかわるがわるそばに座って、思い出話をする。子どもや孫が、緊張せずに近づける。長く一緒に暮らしてきた愛犬や愛猫が、いつものようにそばに寄り添う。
「滞りなく済ませる」ことよりも、「ゆっくり偲ぶ」こと。家に帰るという選択は、その時間を、ご家族の手に取り戻すことでもあります。
「うちでも、帰れるだろうか」と思った方へ
マンションでも、お部屋が広くなくても、ご自宅にお連れすることはできます。
搬入経路やお部屋の状況は、事前に下見してご提案します。エレベーターや階段に制約がある場合も、これまで多くの実例があります。
大切なのは、立派な家かどうかではありません。その人が「ただいま」と帰ってこられる場所であるか、それだけです。
そして、自宅葬にするか、ご自宅で過ごしてから斎場へ向かうか。それは、あとからご家族のペースで決めていけます。私たちが、無理のない形を一緒に考えます。
最期に、もう一度「おかえり」を
病院や施設から、まっすぐ斎場へ。それが当たり前のように進んでいきますが、本当は、一度家に帰るという道があります。
「おかえり」と迎えてあげられる。「ただいま」と帰ってこられる。その当たり前のやりとりを、最期にもう一度。
それだけでも、ご家族の心に残るものは、ずっとあたたかいものになります。
「うちの場合はどうだろう」と思われたら、決まっていなくてかまいません。お電話でも、ご訪問でも、無料でお話を伺います。まずは、お聞かせください。
