生前のお母様とのご様子を教えてください。
施設に入所していましたが、去年の夏にコロナに感染しました。
それまですごく元気だったのですが、笑わなくなっていきました。
コロナは治りましたが、食事が段々取れなくなっていったのもあり、もう長くはないのかなとなんとなく覚悟はしていました。
9月ぐらいから食が細くなりましたが、お彼岸の時におはぎを美味しそうに食べられていたので、おはぎを探しにいろんなお店を回り、1週間に3回くらい差し入れに持っていきました。
最後はお水もほとんど摂れなくなりましたが、亡くなる当日まで意識はありました。
年齢的には大往生だと思いましたが、コロナが関係しているのかなと少し心残りです。
施設での直接対面はできましたか。
ほとんどリモートでしたが、たまにちょっと状況が下火になるとアクリル板越しでの対面ができました。
触ることができなかったためアクリル板を触ってみんなで必死になって手と手を触れようとする仕草をしました。亡くなるちょっと前には直接対面ができ、ほっぺたなどを触る機会を頂きました。
その時間は本当に短かったので、亡くなってからではありますが自宅に帰って来れたので、家族みんなでたくさん触りました。
鎌倉自宅葬儀社にお願いしたきっかけを教えてください。
亡くなってから施設の方に『葬儀社さんにお迎えをお願いします』と言われましたが、全く準備をしていませんでした。しかし、1年前に私の主人が万が一のためにと教えてくれた自宅でできる葬儀について書かれていた朝日新聞の記事をふと思い出しました。当時は母はまだ元気なのにと気に留めてませんでしたが、まずは自宅帰してあげたいという強い思いが込み上げてきました。主人からその記事に載っていた葬儀社名『鎌倉自宅葬儀社』を聞きご連絡いたしました。
なぜ自宅葬を選ばれましたか。
コロナ禍でなにもできない中で母が今一番したいことは何かと聞いたところ、『自宅に帰ってみんなと一緒に笑いながらおしゃべりしてご飯が食べたいわ』と言っていました。
その願いを叶えたく主人が大事にとっておいた切り抜き記事を思い出し、自宅葬で送り出すことを決心しました。

実際、自宅葬を選ばれていかがでしたか。
自宅での過ごし方も馬場さんにアドバイスいただきながら、娘がふるさと納税でいただいたお肉や母が好きだったものなどをみんなで食べたり、思い出の写真を家族みんなで見返しながら『この写真かわいい』などと笑いながらおしゃべりして楽しく過ごせました。
また、棺の蓋の裏に母との写真をたくさん貼りつけたりメッセージを書き込むなど、普段自宅のリビングにたくさん写真を飾っているのでうちらしい個性の出せた形になってよかったなと強く感じています。

式場葬の場合、故人の友人や知り合いはお通夜や告別式の決められた短い時間でしかお別れできませんが、自宅でしたので友人の方にもしっかりお別れができる時間を設けました。お越し頂いた方々と一人一人ゆっくりお話ができ、納棺師さんにお願いして娘たちと一緒にお化粧や身支度を綺麗に整えた姿を見た方達が『生前のようにとってもお綺麗ですね』と仰って頂くなど、お洒落をして賑やかなことをするのが大好きだった母はすごく喜んでくれていると思います。
最初は、自宅で2.3日一緒に過ごしてから斎場に行くのかなと想像していましたが、最後まで自宅でゆっくり過ごし、思い描いていた通りの葬儀ができたと満足しています。
