母の想いを実現し、母と「心の会話」ができた自宅葬。 – 鎌倉自宅葬儀社

お客様の声

母の想いを実現し、母と「心の会話」ができた自宅葬。

2017年7月にお母様(享年83歳)を亡くされた東郷俊宏さんは、鎌倉市浄明寺のご自宅で、要介護のお母様と二人で暮らされていました。 そのお母様をいよいよお看取りする時期が近づいてきたときに思い浮かんだのが、「自宅葬」でした。


実際の自宅葬の様子

ーー どのような経緯で自宅葬をおこなうことになったのでしょうか?

二度の大腿骨骨折で入院生活をした後、6年ほど介護保険を用いて在宅ケアをしていましたが、私が体力的に持たなくなり、週に2~3日、ショートステイをお願いしていました。ところが痰の吸引が頻回に必要になり、施設から「もうお預かりすることができません。血中酸素の値も低くなっています。病院に搬送しますか?」と連絡があったので、「病院には運ばんとください。自宅でみます」とお願いしました。そこで在宅医療に移行し、母を自宅で看取る準備を徐々に進めていったのです。主治医の先生がヘルパーさんやケアマネさんを呼んで担当者会議を開き、いよいよ自宅で看取るときが近づいてきたときに、自宅でできる葬儀会社を探し始めました。
その中で、友人がターミナルケアのコミュニティで出逢った鎌倉自宅葬儀社の馬場さんを紹介してくれたのです。翌日には自宅にお越しいただき相談を始めました。

ーー 自宅葬を望んだ理由はなんでしょうか?

私はその三年前に父を見送りました。父は社会的にも地位がある人でしたが、喪主となる母はすでに要介護状態にあり、大きなお葬式はできませんでした。そこでまず家族葬を行ってから、別に偲ぶ会を会社の部下の方達を中心に催していただきました。結果的に家族には余分なストレスがなくなり、偲ぶ会も本当に父を弔いたい方が集まってくれたので、よかったと思いました。この経験から母の葬儀も身近な人だけでおこないたいと考えていました。
母は「葬式はいらない」と言って、直葬(*通夜や告別式などの宗教儀式を行わない、火葬のみの葬儀形態)を望んでいましたが、私としては、医師、ヘルパー、ケアマネなど母のケアに携わった人たちに見送っていただくことを望んでいました。

ーー 初回のお打ち合わせはいかがでしたか?

馬場さんとの最初の打ち合わせで鎌倉自宅葬儀社で母の葬儀をおこなうことを決めました。
パンフレットには細かい情報はありませんでしたが、六畳ほどの広さがあれば神道でも仏教でもお葬式ができることがわかりました。そして、何より馬場さんとお話ししていく中で葬儀の絵が頭の中に描けてきて、自宅葬に対して「リアリティ」を持つことができたのが大きかったです。

ーー その場で即決されたんですね?

はい、早く決めたかったこともありますし、「これでおまかせするところができる!」という安心を得ることができました。
 
ーー 自宅葬でこだわった点はありますか?

ただ遺影に向かって挨拶するような「よそいきの葬式」ではなく、最後の母の顔を皆さんに見ていただきたいということと、母の得意だったハヤシライスをお世話になった人たちに振舞うことでした。

お母様の得意料理だったハヤシライスを東郷さんが葬儀でも作って振る舞った。

ーー 実際に葬儀をしてみていかがでしたか?

100点満点です。私は母を見送る4ヶ月前まで大学で東洋医学の教員をやっていたのですが、患者さんに寄り添うことの大切さ、大切な人に寄り添って想いを実現することの大切さを学生たちに常々話していたので、それを今回の自宅葬で私自身が体現できたのではないかと思います。

ーー 当初想定していなかったことで起きたことはありますか?

7月18日に母が亡くなり、21日に自宅でお通夜をし、翌22日に自宅で葬儀をおこないました。
その間、母と私の二人きりの時間を多く過ごし、亡くなった母と「心の会話」の時間を持てたことが、すごく嬉しい時間でした。母に対して本当に後悔のない供養ができたのは、この時間があったことが大きいです。父を見送った時は、家族葬ではありましたが、入居していた老人ホームから斎場の霊安室に搬送したため、このような時間は持てませんでしたし、通常の葬儀でも遺族として家から出て多くのことをこなさなければなりませんが、自宅で普段着のままで母との時間を持てた。これは当初は想定していなかったとても大切な時間でした。

また、母をケアしてくれていたヘルパーさんたちに声をかけたら、みなさんお忙しい中、25名も母の見送りに来てくれたんです。これも想定外の喜びでした。

ーー 他に嬉しかったことはありますか?

お通夜の時に、馬場さんが母の棺にアーチ型のキャンドル台を載せて、参列された方が一人ひとりキャンドルを灯せるようにしてくださったのです。これは広島の原爆慰霊碑をかたどったもので、被爆者である母のことを想って馬場さんが考えてくださったことです。本当に母のことを理解してくれていたからこその発想だとおもいます。あとで放映された映像を通して観たときにすごくよかったとあらためて感じました。

それから、クチナシの花を揃えてくれたことには大変感動しました。クチナシは母が生前好きだった花で、クチナシ以外に母が好きだと言った花がなかったくらい大好きだったんです。クチナシは甘い香りがして、「天国に咲く花」といわれるそうです。母は原爆で死別した家族のことをいつも想っていました。クチナシの香りをかいでは家族のことを想い出していたのかも知れません。

クチナシは6月いっぱいが開花のピークなので、7月下旬の葬儀には手配は難しいと思っていたのに馬場さんが花屋を数十件もまわって探してくれて葉山の花屋で見つけてきてくれたんです。手配したときにちょうどつぼみだったクチナシが、告別式のタイミングで見事に開花して、その花を母の棺に入れることができたのは本当に嬉しかったです。

東郷俊宏さん(写真右)

ーー 最後に、どのような人に自宅葬を勧めたいですか?

自宅葬にしたおかげで、亡くなった母と二人だけの時間を愛おしむことができました。時間にして89時間。この時間がどれだけ有り難く、私にとって母が遺した最後の贈り物になったことか。そのような時間を求めている方には本当にお薦めします。

担当 馬場偲より

東郷さま、今回お手伝いさせていただきありがとうございました。
また、事前相談にお伺いした際、テレビ番組【ガイアの夜明】の取材依頼に対して「みなさんのためになるなら」と快く受けてくださったこと、改めて感謝致します。
お母様の介護の苦労や想いをまとめた詩を拝読させて頂いたことで、お母様に対する深い愛情を感じ、より一層具体的な「最後の時間」の過ごし方をご提案することができました。
お世話になった介護従事者の方々を葬儀にお招きしたこと、お母様の想い出のハヤシライスでおもてなししたこと、返礼品にはお母様が大好きだった崎陽軒のシュウマイ弁当をお持ちかりいただいたこと、東郷さまにしかできない、心のこもった唯一無二の自宅葬になりました。

鎌倉自宅葬儀社
自宅葬コンシェルジュ

馬場 偲